駒澤零と記憶の記録

すきな音楽を紹介したり、日々の記録

新年ですね

2017年は凄い年でした。

あんなに嫌がっていたのに20歳になってしまった私は、結局自殺も未遂に終わらせ、人見知りもあっさりと克服してしまった(まだ完全じゃないけど)。

たまたま好きになったバンドがきっかけで、こんなに色々変わるとは思わなかった。

何度も書いているけれど、私は昨年10月に家族と喧嘩して以来、本気で自殺を考えていた。でも許せないくらい苛立つ人がいて、その人に勝てるまでは頑張ろうと執念で生きていた。ただ、その夢はあっけなく叶ってしまう。年頭の1月に。

完全に燃え尽きた私は、縋るようにあるバンドに熱中した。「彼らのためなら私の全人生という対価を払ってもいい、むしろその為なら生きていける」本気でそんなことを考えていた。私の価値がなくなったら自殺しよう。そう考えたら、苦手なことでも何でもできる気がした。躁状態を上手く使って、思いついたことをひたすら実行に移した。そこに私の感情なんていらなかった。

 

それから、沢山の夢が叶った。夢って叶うんだ、と人生で初めて思った。

1月には「ゼミで一番になる」という夢を。2月にはバイトを始めた。最初に受けた接客業は落ちたが、その後の勤め先は最高に楽しい職場だった。いつも通り一生懸命生きてるだけで、お金がもらえることに感動した。この頃からAさんという人に非常に憧れを抱くようになった。あの人になりたい、その為ならどんな代償でも払える。本気の本気でそう思った。

3月には密かな野望を叶えるためにダメもとである会社のインターンに応募して、本当に受かって。しかし内心は怯えていた。コンプレックスと闘う毎日だった。

4月は招待も含め、沢山ライブに行った。新しい場所に行くことや、人に会うことが楽しかった。毎日が発見の連続だった。

5月には絵を描くのが楽しくなってきた。それまでは評価や需要を意識して描いていたが、いったん全て忘れ、描きたいものを描くことにしたのだ。同じころ、Aさんの裏の顔を知った。本当は凄く深い闇を持っていて、でもだからこそ美しいものがそこにあるのだと思った。何日か泣いて、でも好きな人がくれた言葉があったから耐えられた。その間も私は毎日のように大量の音楽を聴き、仕事をし、ライブに足を運んだ。

6月には大好きなバンドのCDが出た。会社の人の厚意で、レビューを書かせてもらうことになった。夢のような気分だった。「大好きなバンドと仕事をしたい」という夢が、曲がりなりにも叶った気がした。

あっという間に7月。少しずつ対人恐怖症も改善し、会話の際にアドリブが出てくるようになった。1月は怖くてうまく話せなかったスピーチも、少しずつマシになり始めた。鬱は確実に酷くなっていたが、大好きな曲を聴いていれば幾分か紛れた。

8月にはフェスボルタに出た。あるアイドルが大好きで、出演者の側に行ったら何か見え方が変わる気がしたなんて、邪な理由が一番だった。でも出てみたら予想以上に面白いことばかりで、興奮した。同じ絵というフィールドでも、同人活動と全然違っていた。それからこの月は、大好きな人に誕生日を祝ってもらった。あまりに嬉しくて、数日浮かれた。夏休み生まれの私は幼少期から誕生日を忘れられることが多く、「誕生日を祝ってくれる」という行為には一種の仲間意識のようなものがあったのだ。たとえ自分から言ったとしても。

9月は、いよいよ当初の野望を現実にしようと奔走した。結果として望んだ通りには行かなかったけれど、今できる最善の結果に落ち着いた。無力感を少しも感じなかったと言えば嘘になるけど、でも良いこともたくさんあったから頑張れた。

10月は忙しかった。コンピを作るために毎日必死だった。何としてもやり遂げたかった。私が言い出したことだったし、何より私は「Groovy」という映画のファンだったのだ。あの美しい音楽が世に出ないなんて間違っている。勿論好きな作品は沢山あるが、コンピに至った一番の理由はそれ。とにかく必死だった。

11月は借りを返しきろうとしていた気がする。好きな人のことは好きだったが、依存する自分は嫌いだった。沢山の言葉と行動に救われた分だけ、沢山のお返しをした。勿論そんなことだけで返しきれるとは思っていないけど、でも好きな人の嬉しそうな顔を見ていたら、上半期に生きる気力を貰った借りは返せた気がした。

12月は少し辛かったかもしれない。記事もリリースし、良いことは本当に沢山あったけれど、泣きそうになるほど辛いことが一つだけあった。それはここでは書けないけど。でも、誰も責めることはできないし、責めるような話でもないし、ただ一人で呑み込むのが辛かった。全てから逃げるようにベースを始めた。結局、傷を癒すのに半月かかった。涙も出なかった。

 

人を意識し続けてきた20年間だったけれど。

2017年。最終的に、私は誰かのために生きなくても良くなった。

誰が何と言おうと私は私だし、変えられない事実だ。

どんなに寂しいときがあっても、この世界に百パーセント私を理解できる人なんて絶対に存在しない。悲しいけど人は孤独だ。

 

生きていたいから生きます。遺したいからやりたいことをやります。それでいいじゃないか。

批判もあるかもしれない。傷つくこともあるかもしれない。でもそれはやってもやらなくてもあるんだよ!!!生きてれば必ず軋轢は生まれる!!!それに惑わされるな!

圧倒的マイノリティである刺々しい言葉に惑わされて何もできなくなるなんて馬鹿みたいじゃないですか。そう思うんだよね。2018もやりたいことやります。とりあえず映画が好きなので映画に関わりたい。いつか撮ってみたい。あとアニメが作りたいです…

月曜から夜更かし(聖地巡礼編①)

そうだ、ロケ地調べよう。

 

深夜テンションとは恐ろしいもので、いつものように友人と電話しながら見ていたKoochewsen「ユートピア」のPVに「あれこれロケ地特定できそう…?」なんて思ったので、ノリだけで決行します。それではお付き合いください。

 

www.youtube.com

 

 

まずは簡単そうなやつ

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すっごいわかりやすそうな由美子さんのシーンから。あ、今は匠杜さんか。

奥に見えるの、D51では?そもそも都内でSLと踏切の両方ある公園ってそんなにないよね…。青梅鉄道公園だと思います。

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角度的な問題で前の踏切映せませんが、確実にここですね。望遠レンズで撮ってるのかな…

 

ガンガン行こう

0:40~

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難易度ゼロシリーズ。初台駅前って書いてあるやんけ!

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まあここですね。はい。

1:43

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岸体育館…おなじみの代々木体育館前…

 

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ちょっと難しくなってくる

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いやどこだよ。

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と思いきや「外野席入口」「千葉ロッテマリーンズ」の文字が…!

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おそらくここであろう。

見出し面倒になってきた

1:40

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小田急世田谷代田駅ですね。

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0:55

ということは0:55の網走さんのカットも世田谷代田…?と思ったらビンゴ。

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写真はウィキペディアより。わかりづらいですが、看板がまったく一致。

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おそらくこの類の椅子だと思います…。

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はい。海とか病院とか探してみたけどよくわかんないのでそろそろ寝ます。

おやすみなさい、また今度ー。

Prophecy

詩的な表現ばかり使いたくなるのは私の心が詩であふれているからだと思う。

 

先日の仕事で、それはそれは批判を食らいそうな原稿を寄せた。

でも中途半端にジャーナリズムを学んできてしまった私としては、この哲学的で少し社会的な音楽に添える言葉はまず間違いなくこんなテーマだろう、と思わざるを得なかった。だからこれは私の責任で、私が世に送り出すべき言葉だ。そう思った。

私の原稿は私という個人の独自性を重んじて書くべきだと思っている。だからこそ個人的な事実にも触れるし、体験と思想を織り交ぜて書く。嫌がる人もいるだろう。でもそういう原稿が欲しいならもっとその道のプロフェッショナルみたいな大先生に頼めばいいと思う。知識も経験も未熟な私にできるのは、私という現在(いま)を切り取ることだけだ。

死について扱ったのは多分親戚のお通夜の日に原稿を書いたことが大きいと思う。それと先日見た映画『禅と骨』。突然スクリーンに映し出されたヘンリの死は衝撃だった。それを描く監督の選択に少し驚いた。

お焼香のあとにちらと覗いた大叔父は安らかに眠っているように見えた。親類といえど、私は殆ど彼のことを知らない。まるで蝋人形のようだ、と不謹慎にも思った。肌の表面が妙になめらかで、魂が抜けたようだ。

祖母たちは皆怖がってお顔を見ようとしなかった。そんなものなんだろうか。妙に整然とした葬儀場の空気は、清潔すぎて死の匂いを感じさせない。守られてしまっていると思った。それがいいことか悪いことかはわからないけれど。

 

別に炎上しなくたって、人は結構他人の発言を読んでいる。発信するものは、それをしかと肝に銘じて生きねばならない。そこには覚悟が付きまとうんだ。

北千住からの帰り道、そんなことをずっと考えていた。

最果てまで届く歌

オワリカラが田無神社でライヴをするらしい。

そう聞いたのは今日の昼すぎだった。

 

今日、15日は久々の休日だった。

授業もないし、〆切もない。遊びに行く予定もない。

外に出なくてもいいことが嬉しくて、朝から嬉々として仕事のメールを打っていた。

本を読んでも、絵を描いても、時間がある。それが嬉しかった。

そんな矢先、知ってしまった。

 

たぶん、普通のライヴハウスだったら行かなかっただろう。

田無神社は私が小学生の頃、毎週のように通った神社である。

信心深い母と一緒に、幼い私はよくその境内に足を踏み入れたものだった。

 

久々に訪れた神社の中は多くの人でごった返していて、所狭しと屋台が立ち並んでいた。懐かしい場所のはずなのに、明るすぎてすこし眩しかった。待ち合わせした風の高校生たち、やたら盛り上がる小学生の男子。端で微笑むカップルを横目に、今回の会場である舞台の下へ向かう。勿論手水と御参りを済ませてからね。

 

不思議な時間だった。

一言で言うとそんな感じに尽きる。

個人的には音出しの「ドアたち」のワンコーラスで既に胸がいっぱいになっていたんだけど、「サイハテソング」を聴いた時、ついに時が止まった。

綺麗だった。ただひたすらに。

 

 

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そう思ったのは、初めて彼らを目当てで赴いたライヴだったからかもしれない。

もともと私はそんなにオワリカラが好きではなかった。ボーカルが少し鼻について苦手だったのと、スルメ曲が多くて余り良さがわからなかった。それが一変したのは、中古のレコード屋でなんとなくヒョウリさんのソロCDを購入したのがきっかけだ。ちょうど売り専ボーイズのライブのひと月ほど前で、予習を兼ねて購入したつもりだった。クウチュウ戦の小林リヨ氏がギターで一曲参加していることを知るのは、また後の話である。

ソロCDは、凄まじかった。鼻についたはずの歌声は次第に癖になり、「shortfilm」「8月のブルー」「しずく」の3曲はなかでも飛びぬけていい曲だった。タカハシヒョウリって天才かもしれない。今まで気づかなくってごめんなさい…とこの時思った。

 

とはいったものの、やっぱりソロほどバンドは好きではなくて。ロールシャッハをリピートし始めてから次第に楽しくなってきたし、すごい踊れるんだけど、なんか鼻につくな、、と妙な反感を抱いていた。

でも少し前、ふと「ドアたち」をYouTubeで耳にしたとき、カメダさんの奏でる特徴的なシンセの音が頭から離れなくなった。ライヴで聴いた記憶はないけど、すごく純粋に、いい歌だと思った。それから新曲「ラブリー」を再生した。ラスサビ前のKeyの音がめちゃくちゃいい。「Q&A」を聴いた。えっ待って、このバンドめちゃくちゃ良くない!?

聴き始めて8か月目、ライヴに行ったのは4回。私はようやく初めて、本気で彼らの音楽が好きになった。だからこそ今日は本気で心を打たれたんだと思う。

"どうせ何も持たず死ぬのだ そっと前に飛べ"

黄色いライトに照らされて火照る頬のヒョウリさんを見ていた。踊る観衆の中、ただ一人だけぼうっと立ち尽くして。あの空間、なぜか少しスローに見える人々。世界が音楽だった。まっすぐな歌だ。とても素敵だと思った。その時ばかりは、よくよく知っているはずの景色がどこか別の次元に飛ばされてしまったように、そう思えたんだ。

 

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ライヴが終わったら、アンコールもなしにメンバーたちはそそくさと舞台を降り、淡々とスタッフさんが物販をはじめた。あんなに沢山集まっていた人々は幻だったかのように霧散し、残っているのは10数名だった。その人々も一人一人と消え、人混みがあったと思っても若い子供たち。

 

ものの数分の間に、境内はただの郊外の神社へと戻っていた。

まるで音楽も熱狂も何も、なかったかのように。

 

何というか、無性にそれが寂しかった。もう少し感傷に浸りたいと思ったけど、同時に、ちょっと神隠しみたいだ、なんて思った。きっと今夜は特別だったのだ。普段ライヴハウスでしか見たことのない彼らが、私にとって所縁しかない神社で、幼い私も立ったその舞台に立って大好きな曲を鳴らしているなんて。そんな事実の方がよっぽど白昼夢みたいじゃないか。

屋台のお姉さんにおまけしてもらったスモモ飴を手一杯に抱えながら、そんなことを考えてとぼとぼ帰路についたのでした。

季節が僕を連れ去ったあとに

この9月、私は池袋演劇祭の審査員をしていた。

池袋演劇祭というのは、今年で29年目になる小劇場中心の演劇の祭典らしい。

「らしい」というのも、私も今年初めてその存在を知ったからである。

運よく3倍の選考を抜けた私は、そんなこんなで月7本ほどお芝居を観る機会に恵まれた。今日はその最後の舞台を観てきたところ。

 

池袋に通ったのは中高の濃密な六年間だけだった。たかが6年、されど6年。その間に歩きつくしたせいで、いつの間にか随分と馴染みのある街に思える。

母校と、散々通ったタワレコと、中古のCDショップ。

MUSICAを立ち読みしていたLIBROはもうなくなってしまった。

ぼんやりと見降ろした高架と、辻斬りで有名な神社。治安の悪い北のほう。

十分すぎるくらいに散歩したのにまだ、知らない場所がある。

 

ハイカラな街に遊びに行きなよ、とある人が言った。

憧れに目が眩みそうになりながら、私は軽くうなずいたけど、やっぱり私は池袋が捨てきれない。確かに渋谷や下北には、どこか緊張感がある。日常に溶け込む美意識に、感性が刺戟されると感じることもしばしば。

でもこのダサさも居心地がいいんだよなあ。

大好きだった北欧雑貨の店も潰れたし、交差点のど真ん中に廃墟があるような街だけど、文芸坐世界堂も他の街のものよりいちばん落ち着く。時間の流れが、飾り立てない私でいることを許容してくれるのだ。もちろんそれがいいか悪いかは、別の問題である。

 

寺山修司山田太一は、どんな時間を生きていたのであろうか。

青春の一ページ。私とほぼ同じ年齢のときに、何を思考して、何を志向していたのかな。

そんなことを考えた。駆け抜けてきた日々が途端に陳腐なものに思えた。

「さよならだけが人生だ」という寺山を"強がって"と微笑む田中未知に、孤独なのは何もわたしだけではない、と少し安堵したりもした。

全然知らない劇場に行って、私の知らない誰かを追体験して、そうしてもう一度私になる。それができるのがお芝居。演じればまた鏡。

音楽と絵ばかり追いかけてきたけど、ちょっとだけまたお芝居がしたくなりました。

もっと謎めいて

とうとういっそUFOの音源を手に入れた。

もう、、、泣きそうなほど嬉しいよね、、、

 

聴いた感想は「えっ?今やってるバージョンと大分違うね?」という。

すごいブルージーで、あープログレ歌謡ってのわかるわ~と思うアレンジだった。これはこれであり。

 

ありなんだけど、やっぱり今ライヴでやっているヴァージョンが一番好きですね。

進化しすぎだろう…いや本当に。

エモーショナルなギターのカッティング、ふわりと漂うような揺れと音の共鳴。

突き抜けるリヨさんの歌声で思考が飛ばされて、折り重なる音でさらに浮遊して。

本当に現実離れしていて、フロア全体が震えるようなんですよ。

 

渋谷の小さなライヴハウス、二回目に行ったクウチュウ戦のライヴで、初めて聴いたのに心臓を鷲掴みにされた曲。

昨日は一段とソリッドで、白昼夢のようで、視界が何度もぼやけて、

何というか、「音楽って、いいなあ」と他人事のように思った。

初めて聴いた時、二回目に聴いた時はなんだか儚げで、壊れそうな美しさに心惹かれたけれど、昨日はなんか安心というか、愛に満ち溢れていた。

皆がいるから、待っててくれるから、リヨさんはもうどこにも行ってしまわないような気がした。なんとなく、なんとなくだけど…。

 

美しい夢じゃない。夢になんか終わらせないよ。

だってSFだってこんなにも現実じゃないか。

美しくていとおしい、心のよりどころ。これから更に多くの人に愛されてほしいです。

探し物は何ですか

――まだまだ探す気ですか、それより僕と踊りませんか?

 

思考が停止すると、何もかもが億劫だ。

家に一人でいたい気分になる。でも予定はあるんだよね。

 

「あんまりに空が美しいから、今日は死にたくなっちゃうね」

ある時結構信頼してる友人にそう言ったらすごい怪訝な顔された。

私は本気だったんだけど。空がきれいだと飛び降りたくなる。

 

でも、そこで死なないのは引き止める何かがあるからだ。

例えば「生き残ったらこの服汚れてしまう…高かったのに…」とか

「あの人の唄をまだ聴いていないから死ねないよ」とか。

そこを踏み越える機会なんて幾らでもあったのに。

踏み越えずに来たのはまだ夢を信じていたかったからだろう。

 

向こう側の景色はまだ見えなくて、近づこうとして何度も傷ついて、

悟ったのは「来てみたはいいが、ここじゃないな」という事実だった。

結局何をするにもお金が必要で、私はまだちっぽけで無力で。

でも逆に言うとお金があって諦めさえしなければ結構何とかなる。気がする。

 

…私にとって音楽は甘い夢だ。

かなしいものを美しくするフィルター。世界を綺麗に見せるエフェクト。

それがなくてもきっと生きられるけど、それがないと心が枯れていくもの。

結局なんだかんだわたしは唯美主義だから、美しさがほしい。

それは見かけの話じゃなくて、魂の輝きとか、芸術に発現する”きらめき”とか、そういうものです。全然好みじゃない音楽に宿る色が美しいと感じる時もあるし、ゴミ溜めに落ちてた金属が妙に魅力的に思えた時もあった。目に見えるものや通念がすべてじゃない。一歩後ろから世界を見ないときらめきを見失ってしまうんだ。

 

ということで、今度こそ現実のおはなし。

わたしはしばらく発信することをお休みしようと思います。

勿論ライターの仕事はできる限り続けますし、メールやDMにはお返事しますけど。

ライヴもツイッターも当分おやすみかな。

まあツイ廃歴7年近くだからどこまで断てるかわかんないけど頑張る。

9月までは展示とか審査員の仕事とかあるから呟かなきゃだし、ね。

 

「好きなバンドがわたしのすべてだから、それ以外はいらない」

そんな私がそれすら擲つくらいに今は大事な時期なのです。

何かを好きでいるとき、常に愛を叫び続けなければ「好き」と名乗ってはいけない、なんてことはきっとなくて、それは資本主義の中で生まれてしまった歪んだ思考なのだ。

いいものにお金を落とすのは大事だけど、思考を停止したマリオネットになるのは絶対違う。あの人に出会ってそういうことを知れた。だから最前線にいなくても好きって言える。好きでいられる。愛ってそういうことじゃないの。わかんないけど。現実を沢山削ってめちゃくちゃ無理をして毎日愛を叫ばないとそれはファンじゃないってのはもう破綻してるよ。SNSに踊らされすぎ。たまにはチルな心で居ましょうよ。まあ強迫観念で絵上手くなったからあんまり文句も言えないけど。

…とかく頑張ります。強くなって帰ってくるよ。

 

全て終わったら、何か作ろうと思います。

できれば映画が撮りたい。撮ったことないけど。脚本を書こうか。

ああ、また演劇がやりたいなあ。今更なんだけど遅くはない筈だから