駒澤零と記憶の記録

すきな音楽を紹介したり、日々の記録

季節が僕を連れ去ったあとに

この9月、私は池袋演劇祭の審査員をしていた。

池袋演劇祭というのは、今年で29年目になる小劇場中心の演劇の祭典らしい。

「らしい」というのも、私も今年初めてその存在を知ったからである。

運よく3倍の選考を抜けた私は、そんなこんなで月7本ほどお芝居を観る機会に恵まれた。今日はその最後の舞台を観てきたところ。

 

池袋に通ったのは中高の濃密な六年間だけだった。たかが6年、されど6年。その間に歩きつくしたせいで、いつの間にか随分と馴染みのある街に思える。

母校と、散々通ったタワレコと、中古のCDショップ。

MUSICAを立ち読みしていたLIBROはもうなくなってしまった。

ぼんやりと見降ろした高架と、辻斬りで有名な神社。治安の悪い北のほう。

十分すぎるくらいに散歩したのにまだ、知らない場所がある。

 

ハイカラな街に遊びに行きなよ、とある人が言った。

憧れに目が眩みそうになりながら、私は軽くうなずいたけど、やっぱり私は池袋が捨てきれない。確かに渋谷や下北には、どこか緊張感がある。日常に溶け込む美意識に、感性が刺戟されると感じることもしばしば。

でもこのダサさも居心地がいいんだよなあ。

大好きだった北欧雑貨の店も潰れたし、交差点のど真ん中に廃墟があるような街だけど、文芸坐世界堂も他の街のものよりいちばん落ち着く。時間の流れが、飾り立てない私でいることを許容してくれるのだ。もちろんそれがいいか悪いかは、別の問題である。

 

寺山修司山田太一は、どんな時間を生きていたのであろうか。

青春の一ページ。私とほぼ同じ年齢のときに、何を思考して、何を志向していたのかな。

そんなことを考えた。駆け抜けてきた日々が途端に陳腐なものに思えた。

「さよならだけが人生だ」という寺山を"強がって"と微笑む田中未知に、孤独なのは何もわたしだけではない、と少し安堵したりもした。

全然知らない劇場に行って、私の知らない誰かを追体験して、そうしてもう一度私になる。それができるのがお芝居。演じればまた鏡。

音楽と絵ばかり追いかけてきたけど、ちょっとだけまたお芝居がしたくなりました。