駒澤零と記憶の記録

すきな音楽を紹介したり、日々の記録

最果てまで届く歌

オワリカラが田無神社でライヴをするらしい。

そう聞いたのは今日の昼すぎだった。

 

今日、15日は久々の休日だった。

授業もないし、〆切もない。遊びに行く予定もない。

外に出なくてもいいことが嬉しくて、朝から嬉々として仕事のメールを打っていた。

本を読んでも、絵を描いても、時間がある。それが嬉しかった。

そんな矢先、知ってしまった。

 

たぶん、普通のライヴハウスだったら行かなかっただろう。

田無神社は私が小学生の頃、毎週のように通った神社である。

信心深い母と一緒に、幼い私はよくその境内に足を踏み入れたものだった。

 

久々に訪れた神社の中は多くの人でごった返していて、所狭しと屋台が立ち並んでいた。懐かしい場所のはずなのに、明るすぎてすこし眩しかった。待ち合わせした風の高校生たち、やたら盛り上がる小学生の男子。端で微笑むカップルを横目に、今回の会場である舞台の下へ向かう。勿論手水と御参りを済ませてからね。

 

不思議な時間だった。

一言で言うとそんな感じに尽きる。

個人的には音出しの「ドアたち」のワンコーラスで既に胸がいっぱいになっていたんだけど、「サイハテソング」を聴いた時、ついに時が止まった。

綺麗だった。ただひたすらに。

 

 

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そう思ったのは、初めて彼らを目当てで赴いたライヴだったからかもしれない。

もともと私はそんなにオワリカラが好きではなかった。ボーカルが少し鼻について苦手だったのと、スルメ曲が多くて余り良さがわからなかった。それが一変したのは、中古のレコード屋でなんとなくヒョウリさんのソロCDを購入したのがきっかけだ。ちょうど売り専ボーイズのライブのひと月ほど前で、予習を兼ねて購入したつもりだった。クウチュウ戦の小林リヨ氏がギターで一曲参加していることを知るのは、また後の話である。

ソロCDは、凄まじかった。鼻についたはずの歌声は次第に癖になり、「shortfilm」「8月のブルー」「しずく」の3曲はなかでも飛びぬけていい曲だった。タカハシヒョウリって天才かもしれない。今まで気づかなくってごめんなさい…とこの時思った。

 

とはいったものの、やっぱりソロほどバンドは好きではなくて。ロールシャッハをリピートし始めてから次第に楽しくなってきたし、すごい踊れるんだけど、なんか鼻につくな、、と妙な反感を抱いていた。

でも少し前、ふと「ドアたち」をYouTubeで耳にしたとき、カメダさんの奏でる特徴的なシンセの音が頭から離れなくなった。ライヴで聴いた記憶はないけど、すごく純粋に、いい歌だと思った。それから新曲「ラブリー」を再生した。ラスサビ前のKeyの音がめちゃくちゃいい。「Q&A」を聴いた。えっ待って、このバンドめちゃくちゃ良くない!?

聴き始めて8か月目、ライヴに行ったのは4回。私はようやく初めて、本気で彼らの音楽が好きになった。だからこそ今日は本気で心を打たれたんだと思う。

"どうせ何も持たず死ぬのだ そっと前に飛べ"

黄色いライトに照らされて火照る頬のヒョウリさんを見ていた。踊る観衆の中、ただ一人だけぼうっと立ち尽くして。あの空間、なぜか少しスローに見える人々。世界が音楽だった。まっすぐな歌だ。とても素敵だと思った。その時ばかりは、よくよく知っているはずの景色がどこか別の次元に飛ばされてしまったように、そう思えたんだ。

 

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ライヴが終わったら、アンコールもなしにメンバーたちはそそくさと舞台を降り、淡々とスタッフさんが物販をはじめた。あんなに沢山集まっていた人々は幻だったかのように霧散し、残っているのは10数名だった。その人々も一人一人と消え、人混みがあったと思っても若い子供たち。

 

ものの数分の間に、境内はただの郊外の神社へと戻っていた。

まるで音楽も熱狂も何も、なかったかのように。

 

何というか、無性にそれが寂しかった。もう少し感傷に浸りたいと思ったけど、同時に、ちょっと神隠しみたいだ、なんて思った。きっと今夜は特別だったのだ。普段ライヴハウスでしか見たことのない彼らが、私にとって所縁しかない神社で、幼い私も立ったその舞台に立って大好きな曲を鳴らしているなんて。そんな事実の方がよっぽど白昼夢みたいじゃないか。

屋台のお姉さんにおまけしてもらったスモモ飴を手一杯に抱えながら、そんなことを考えてとぼとぼ帰路についたのでした。