駒澤零と記憶の記録

すきな音楽を紹介したり、日々の記録

就職と好きなバンドと音楽と

3月13日。初めてスーツで好きなバンドのライヴに行った。ESに追われながら夕食を食べていたせいで、サーキットなのに他は何も観れなかった。

この日のライヴは普段と比べると普通位だった。新曲は最高に良かったけど。ベースメントの階段でお酒を飲んでいたらボーカルに「就活?」と声をかけられて、意味もなく泣きそうになってしまった。このチルな場所にこんな最低な格好で立っていることが、なんか物凄く恥ずかしいことのように思えたんだ。

別に就活を否定するつもりはないけど、やっぱり仕事を擲つくらいの人じゃないと何も為せないと思う。下げられる頭があるうちは何にもなれないさ。

それは、多分私がそうであって欲しいのだろう。今や賢いやり手のクリエイターもいっぱいいるけど、そういうとこだけは古臭い美学に囚われてるのかもしれない。

特にカリスマ性を帯びたバンドにはそうであってほしい。まあそれができるのって若いうちだけなんだけど…。自分自身が一番臆病なくせに、無責任にもそんなことを思った。

私が一人娘じゃなかったら、帰る家も繋がりもなかったら、とっくに捨て身で生きてるのに。

それは一種の憧れかもしれなかった。

 

そういえば、この日は確か何人かから心配のメールが来たのだった。2月の最終週から暫く、私は立て続けに体調を崩した。多分精神的不調だと思う。全身に蕁麻疹が出たので医者に行ったら、感染症の疑いだとかで外禁になった。でも家に籠り続けたら、体調はあっという間に回復した。結局血液検査の結果も、有耶無耶なままに終わった。自虐して絵を描いたけど、誰も嘲笑ってくれなくてちょっと泣いた。

 

家は素敵な場所だった。ギター弾くしかやることがない。本もある。眠るのに飽きて映画を見たりした。熱が上がって怒られた。

ただ3月になってからは散々なものだった。就活解禁にやたら焦らされ、必死にエントリーするもお祈りや締切日見過ごしの連続。ギャグだと思ってたら親に説教された。

いいじゃん。死ぬよりマシじゃないですか。何のために私が奄美まで逃げたと思っているんだろう。重油拾いに行きたいとか、大好きな絵描きさんが行ってたからとか、一人旅がしたかったとか、全部理由としては正しいけど、それだけじゃないんだよ。息が苦しかったんだよ。本当にお金がないと生きていけないのか試したかった。一人になりたかった。結果として過保護は変わらなかったけど。でも色々いい経験になったなぁ。

 

そんなこんなで完全に消耗し、燃えカスみたいだったのですが、月末の好きなバンド2daysが最高過ぎてめちゃくちゃ生きてます。あんなに頭振ったのいつぶりだろう。気づいたら両手の拳を振り上げてた。もう絶対売れるよ。Koochewsen。

ちょっと寂しいような気はするけど、確信してしまった。今もまだ震えが止まらない。生きていく活力を沢山くれる。本当に魔法みたいだね。優しい音楽の力。このことについては、いずれどこかで書こうと思う。それでは。